銅山川床鍋谷

日程:2025/08/20

概要:吉野川水系銅山川の支流・床鍋谷の遡行。床鍋から入渓し、40m大滝ほかのたくさんの滝を越えたり巻いたりして登山道が横切るところで遡行を終了。登山道を使って起点に戻る。

◎PCやタブレットなど、より広角の画面で見ると、GPSログに基づく山行の軌跡がこの位置に表示されます。

山頂:---

同行:トモコ女史

山行寸描

▲〔動画〕銅山川床鍋谷の遡行のあらまし。(2025/08/20撮影)

◎本稿での地名の同定は、主に『関西起点沢登りルート100』(山と溪谷社 2011年。増補改訂版は〔こちら〕)の記述を参照しています。

私の両親は愛媛県出身で、東京生まれの私も20代の半ば頃までは本籍地が愛媛県だったくらい四国とは縁が深いのですが、2007年に松山で親戚の葬儀に参列した後はすっかり四国とご無沙汰でした。しかし、大阪在住の沢友であるトモコ女史と「行くなら次は四国の沢」という話を始めたのが2023年のこと。その後、諸般の事情からなかなか決行できなかったこの企画がついに今年実現し、実に18年ぶりに四国に渡ることになりました。四国の沢と一口に言ってもいろいろありますが、今回チョイスしたのはトモコ女史の希望に基づき吉野川水系の銅山川上流に並ぶ二つの沢=床鍋谷と瀬場谷で、いずれも四国の中では人気の日帰り沢です。

2025/08/20

△08:30 床鍋(入渓) → 10:10 18m滝 → 11:20 鉄橋 → 11:40 2段40m大滝 → 12:35-50 登山道(脱渓) → 14:10 床鍋

東京からの夜行バスで愛媛入りした私と大阪から車を飛ばしてきたトモコ女史との合流場所は、新居浜西バスターミナル。コンビニで朝食と行動食とを調達してからただちに国領川沿いの道を上流に向かい、トンネルをくぐって山の反対側に出るとそこはすでに銅山川流域で、その名前から容易に想像がつくようにこのあたりはかつて別子銅山があったところです。

銅山川沿いの道を少し下って床鍋谷をまたぐ手前で川沿いの道に入り、東赤石山登山に使われる床鍋登山口の手前に車を駐めて、ここからスタート。道を離れて沢に降りるとすぐ目の前に堰堤が現れ、これを右から巻いて上流に出ると本格的な遡行が始まります。

すぐに登場するのが美しい斜滝9mで、ここは水流の左寄りから登るのがセオリーになっているようですが、見た感じ水量はさほどでもなさそうではあるもののいかにも滑りそう。実際にトモコ女史が近づいて足を置いてみたところやはりぬめりが強かったようで、ここはおとなしく右(左岸)から小さく巻き上がりました。

その後に出てくる小滝は登れるものは登り、そうではないものは巻きと是々非々で臨みましたが、そうやっていくつか滝を越えていくうちに、トモコ女史は実は滝を登りたがりであるらしいということがわかってきました。事前の装備分担の相談の際にトモコ女史から私は基本、積極的に巻きますと言われて、それならシビアな登攀はないだろうからとハンマーもハーケンも持たず、カムもトモコ女史が用意してくれたものの中から最低限の2本だけをぶら下げてきたのですが、どうやらこれは見込み違いだったようです(笑)。

12m滝は直登している記録もありますが、今日は先を急ぐ身なのでトポの助言に従って左からの巻き。なぜ急いでいるかと言うと、二人とも前夜移動だったので出発時刻が遅い上に午後から雨が降るという予報になっているからです。

迫力のある18m滝は、残念なことに手前に流木がかかっていて見栄えを損ねていました。この滝もそれなりの準備と覚悟があれば登ることは可能ですが、上述の通り中間確保手段も退却手段も不十分な状態で突っ込むことはできません。

そんなわけで登りたそうな顔をしているトモコ女史を促して右から巻き上がったのですが、この巻道は滝の落ち口の高さで岩壁にぶつかってしまいます。その岩壁の中ほどに狭いルンゼ状の場所があって立木に結んだ残置スリングを使ってそこを登ることもできそうでしたが、ふと思いついて岩壁の左側面、つまり沢に面した方を覗いてみるとここをトラバースするためのロープが設置してありました。部分的に足元が崩れていて際どいルートではありましたが、ぴったり落ち口に出ることができて一安心です。

遡行の参考にしているトポにはこれでもかというくらいに滝マークがありますが、率直に言ってこれは情報量が多すぎで、どれがどれだかさっぱりわからなくなってきます。それでも二俣を過ぎた先に現れるこの比較的大きな滝が7m滝であることはさすがに判別できて、これは気持ちよく水流の右側を各自フリーで抜けました。

7m滝の少し上流で谷を横断するのは巡視道の鉄橋で、コンディションが悪かったり時間が押していればここからエスケープ可能です。しかし、この時点(11:20)ではまだ日が差していますし、残りの行程もさほど長くないはずなので、遡行を継続することにしました。

巡視道から上流にはそこそこ斜度のあるナメ滝が連なり、ラバーソールを履いている我々を滑らせて叩き落とそうと手ぐすねを引いていましたが、負けずに滝を越えていくうちに谷の中は苔むすようになり、ついで赤いごろごろとした岩が目立つようになって、やがて前方に大きな2段滝が現れました。

これがこの沢で最大の落差を持つ2段40m滝。落差だけでなく幅もありますが、水流は中央に溝を作って細々と流れているだけなので、左右を見て乾いたところを選べば1段目は容易に越えることができます。

2段目を見上げてオブザベーションしたところでは、水流通しはぬめりの影響が大きそうなので左側の乾いた壁を登ってリッジの上に達し、そこから水流をまたいで水流の右壁を登ろうという目算が立ちました。その上で念のためロープを結び合い、私がリードをさせてもらって左壁からリッジ上に登り着いたのですが、そこから見るとそのままリッジ通しに進んだ方が簡単そう。そこで軌道修正して引き続き水流の左側の乾いたところを快適に登り続け、最後にロープの向きを整える意味でカムをセットしてから落ち口直下で左岸側に渡り、そこから数メートル登ったところにある灌木に終了点を作りました。いやあ、こんなことを言うとトモコ女史に叱られそうですが、やはり乾いた岩の登攀は楽しいものですね。

40m滝の上は同じような岩質の大まかな地形が続きましたが、水が流れているところは黄色くぬめっていて滑りやすく、これをだましだまし登っていくとついに登山道が沢を横断している場所に辿り着きました。ここで遡行終了です。

遡行を終えた場所で行動食をとっているうちにぽつぽつと降り出した雨は、我々が登山道を下っていくうちに雷鳴を伴う豪雨となり、沢登り中よりもひどく身体を濡らすことになってしまいました。それでもわずか1時間20分の下降で起点に戻ることができるのがこの沢のいいところで、おかげで床鍋谷に対する好印象を維持したままでこの日の山行を終えることができました。


車に戻ったはいいものの、全身びしょ濡れのままでは何もできません。とりあえず座席にビニールシートを敷いて最低限の防水対策を施してから車に乗り、すぐ近くにある筏津坑(旧別子銅山の一部)の駐車場まで移動してトイレの屋根を借りて乾いた衣服に着替えました。

マイントピア別子で入浴と食事をすませ、すっかり落ち着いた頃には雨も上がり、新居浜市街に降りてコインランドリーで沢服上下を洗濯・乾燥させている間にロープやギアも日の光の下に広げました。おかげでもろもろ乾いて[1]気持ちも明るくなったところでお酒や乾き物を調達した我々は、新居浜市内某所に車を移動させてまずは1本目の遡行終了を祝って乾杯。あれこれ語らい合った後、翌日の早出に備えて早めに就寝しました。

脚注

  1. ^防水が甘かったために財布の中身も濡らしてしまいましたが、こちらはマイントピア別子の「天空の湯」でドライヤーを借用して、湿った紙幣を1枚ずつ乾かしました。

◎「銅山川瀬場谷」へ続く。