塾長の山行記録
climb.juqcho.jp

塾長の山行記録

常念岳

日程:1990/05/03-05

概要:三股から前常念岳を経由して常念岳着。常念小屋前に幕営し、1日停滞後に一ノ沢から下山。

山頂:常念岳 2,857m

同行:F女史

山行寸描

▲雪稜を歩く。この辺りでシャリバテのため前に進めなくなってしまった。(1990/05/03撮影)
▲山頂でのポーズ。槍と穂高をバックにして贅沢なひとときを過ごした。(1990/05/03撮影)

1990/05/03

△05:35 三股 → △12:15-40 前常念岳 → △14:00-35 常念岳 → △15:45 常念小屋前幕営地

常念岳と蝶ヶ岳両山の登山口となる三股へは豊科からタクシーで30分余り。今回の計画はここから前常念岳経由で常念岳に登り常念小屋前に幕営した後、蝶ヶ岳を越えて上高地へ下山して、さらに焼岳を往復しようという欲張りなものです。しかし、前日の天気予報では例によって(?)お天気は下り気味。せめて初日くらいは晴れてくれと稜線を見上げると、真っ青な空をバックに純白のスカイラインが見えました。よく整備された登山道はカモシカの出迎えや樹林帯の気持ちの良い残雪で我々を歓迎し、やがて前常念岳の岩場へと導いてくれました。

5月の強い日差しの下で腐り始めてアイゼンが利かなくなった雪の急斜面を過ぎ、長い岩場を越えると雪に半ば埋もれた避難小屋の上に前常念岳の頂上が現れました。ここまで登ると、常念山脈の向こうの穂高岳から乗鞍岳、北は後立山が視界に入ってきます。

この時点で早くも昼すぎですが、食料計画では今日の目的地である常念小屋に辿り着かない限り昼食にはありつけないことになっており、とりあえずグレープフルーツを食べて一息ついたもののそれだけでは満たされぬ空腹を抱えたまま西へ常念岳を目指しました。雪稜は雷鳥の遊び場になったりナイフエッジになったりしながら緩やかに高みへと続いており、遂に常念小屋からの道と合流して最後の雪壁をチョコレートのカロリーでかろうじてクリアすると、待望の常念岳山頂に到着しました。

既に早朝の快晴ではなくなり、薄曇りの空ではありますが、眼前には槍ヶ岳から穂高岳へ連なる巨大な山塊が聳え立つ想像以上の絶景が広がりました。ここからの槍ヶ岳・穂高岳の眺めは初めて本格的な高山に接した鳳凰三山からの白峰三山の眺めと相通じるものがあり、その意味でも感慨深いものがあります。

久しぶりの山岳展望を満喫してからはるか下に遠い常念小屋へと下りましたが、ゴロゴロの石だらけの道の下りはシャリバテで1時間もかかってしまいました。やっと降り着いたらまずは小屋のビールとクロワッサンで息をつき、小屋前の傾斜地に幕営。この日の夕食は豪勢に、松阪牛の焼肉がメインディッシュでした。

1990/05/04

2日目は天候が悪く終日停滞。朝、お雑煮を食べ、漫画雑誌を読み、朝寝をし、昼は小屋でラーメンを食ベ、そのまま喫茶コーナーに上がりこんで古い「山渓」を読み(幕営者が小屋に上がり込んではいけないことを知りませんでした)夕方テントに戻ってホワイトシチュー。さすがのゴアテックスのテントも隅に水が溜まり、時々コッブで外にかき出しました。

夜半から風雨が叩きつけるような激しさとなり遂にテントを一部破損したため、当初の計画は諦め一ノ沢からのスピーディーな下山を決意しました。

1990/05/05

△06:55 常念小屋前幕営地 → △09:45 ヒエ平(林道終点)

明るくなるのを待って手早くスパゲッティの朝食を済ませ、直ちに撤収にかかりました。稜線上の風はまともに立っているのも難しいほどですが、一ノ沢に向けて10mも下ると嘘のように風はおさまってしまい、快適な雪渓の下りとなりました。しかし下流に行くにつれ支沢からの濁流が勢いを増し、徒渉箇所の一つでは先行パーティーにロープを出してもらい、スリングまで貸してもらって沢を渡りました。

やがて道は平坦になり、小屋で電話してあったタクシーが待つ林道終点に到着しました。

ホーム前の記事次の記事