冬山講座(八ヶ岳)

日程:1990/02/10-11

概要:美濃戸口から行者小屋まで入り幕営。翌朝、文三郎尾根から赤岳を目指す。東京都山岳連盟主催の冬山講座の実技第4回(金子コーチ)。テーマは「雪上技術の復習、テント設営、撤収、生活技術」。

山頂:---

同行:東京都山岳連盟

1990/02/10

△07:20 美濃戸口 → △08:10-50 美濃戸 → △12:10-14:55 行者小屋横幕営地 → △15:05-55 中山乗越下 → △16:05 行者小屋横幕営地

  • 貸切バスの中で仮眠の後、雪に覆われた車道を進みました。共同装備のうち私はテントのポールを担ぎましたが、古いミード型のためポールだけでもかなりの重みでした。
  • 美濃戸で大休止後、南沢沿いに行者小屋を目指しました。連休の雪山とあって我々以外にも多くの登山者が見られます。
  • 快晴の行者小屋前では、横岳から赤岳、中岳、阿弥陀岳へぐるりと連なる岩壁を見上げました。雪はそれほど付いていませんが、明日登る予定の地蔵尾根の急斜面には恐れをなしました。
  • 中山乗越から大同心を登るクライマーを見上げた後、わずかに下った斜面でシリセード、腹セード(腹這いになって頭から滑る)、滑落停止の練習を行いました。
  • 帰幕後の夕食はすき焼きのはずでしたが、例によってうどんを大量にぶち込んだため牛煮込みうどんと化しました。

1990/02/11

△07:00 行者小屋横幕営地 → △07:55 2560m地点 → △08:30-11:05 行者小屋横幕営地 → △12:55-13:40 美濃戸 → △14:25 美濃戸口

  • 4時に起床しましたが、異様な暖かさで雪はみぞれに限りなく近く、ラジオによって春一番の到来と雪崩注意報の発令を知りました。このためリーダーの判断で当初予定の地蔵尾根を諦め、下山に使う予定だった文三郎尾根から稜線を目指すことになりました。しかし、雪がダンゴになってアイゼンの利きを殺しポックリを履いて登っているようなもの。鎖場を過ぎたあたりからは風も強烈になり、真正面から吹き付ける雪で顔が上げられません。ガスで視界が悪いこともあり、結局登頂を断念することになりました(この日11時45分に中岳・阿弥陀岳間のコル下で雪崩が発生し、1人が死亡しています)。
  • 戻ってみるとテント内はびしょ濡れ。たまった水をコップでかき出しながら雑煮と雑炊を食べ、撤収・下山。標高2,200mから下は雨に変わっていました。
  • 美濃戸の赤岳山荘に立ち寄ってストーブにかじりつくと、体中から湯気が立ちました。ここから先はアイスバーン化した車道に滑りそうになりながら、美濃戸口を目指して歩きました。

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