塾長の山行記録
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塾長の山行記録

北岳バットレス下部フランケ〜第四尾根〜中央稜

日程:2008/08/14-15

概要:白根御池をベースに、北岳バットレスの登攀。下部フランケからDガリー奥壁へつなぐつもりがルートを誤って第四尾根に入ってしまったので、そのまま中央稜ノーマルルートに転進。

山頂:北岳 3,193m

同行:ヤマダくん

山行寸描

▲下部フランケ核心ピッチ。上の画像をクリックすると、下部フランケから中央稜までの登攀の概要が見られます。(2008/08/15撮影)
▲下部フランケのチムニーを登る私。ホールドは豊富。(2008/08/15撮影)
▲マッチ箱から中央稜を望む。枯れ木テラスから右のCガリーへ下って取り付く。(2008/08/15撮影)

昨年錫杖岳前衛壁左方カンテを一緒に登ったヤマダくんから「北岳に登りたい」というメールが入ったのは、7月上旬のこと。5.12クライマーで縦走もアルパインも沢もこなすヤマダくんも、意外なことに北岳バットレスはまだ登ったことがないとのこと。私も第四尾根と中央稜以外は登ったことがないので、この機会に下部フランケやDガリー奥壁といったクラシックルートを狙ってみることにし、日程調整の結果、8月のど真ん中に休みをとって白根御池に上がることにしました。計画は次の通りです。

8/14:入山、白根御池まで。
8/15:下部フランケ〜Dガリー奥壁。
8/16:ピラミッドフェース〜第四尾根〜中央稜。
8/17:下山。

2008/08/14

△11:30 広河原 → △13:35-50 二俣 → △14:10 白根御池

新宿発7時のスーパーあずさで甲府駅に下りたところでヤマダくんと合流。バスで広河原に入り、すぐに吊り橋を渡って大樺沢沿いの道を登り始めました。ゴアテックスの3〜4人用テントと大きめのカムが重く、背中の荷物は22kgに達していたため、足回りはいつものアプローチシューズではなく革の軽登山靴です。そのまま汗をかきかき歩いて二俣に達し、山頂を覆うどんよりしたガスの下から雪渓の端がここまで伸びているのを横目に見ながら、水平道へ。

白根御池の最も二俣寄りの場所に空きスペースを見つけ、ここにザックを下ろしました。正面には池の向こうに鳳凰三山から早川尾根にかけての稜線が見渡せるグッドなロケーションで、隣のテントに気兼ねする必要のない独立した地所です。テントを張り終えてから、一段ときれいになっている白根御池小屋でテント代を支払いビールを調達し、テントに戻って翌日からの登攀の成功を祈りながら乾杯しました。食料担当のヤマダくんが用意してくれたたっぷりのソーセージ入りのパスタをおいしくいただき、ビールやウイスキーを楽しんでから、暗くなる前にシュラフカバーにもぐり込みました。

2008/08/15

△03:30 白根御池 → △03:55 二俣 → △05:25-06:15 Dガリー大滝下 → △06:50 下部フランケ取付 → △10:15 第四尾根合流 → △13:30-40 中央稜取付 → △16:05-30 北岳 → △16:55 肩ノ小屋 → △18:10 白根御池

午前2時半起床。昨夜もそれとなく確認したことですが、白根御池に泊まっているテントの中でクライミングを目的とするものは意外に少ない様子で、現に我々が暗い道を二俣から大樺沢沿いに登っているときも我々の前にちらつくヘッドランプの数は数えるほどしかなく、バットレス沢の前後で5人の団体とガイドパーティーらしき男女2人組に接触しただけ。バットレス沢の大岩の下でちょっと休憩してからC沢右岸の明瞭な道を詰めて、お花畑の尾根をDガリー大滝下に着いたときには、男女2人が第五尾根支稜経由でピラミッドフェース、5人組が二手に分かれて第五尾根支稜とDガリー大滝、そして我々という順番となりました。

男女パーティーはさっさと上部へと抜けて行きましたが、5人組の方にアクシデント発生。Dガリー大滝組のリードがクライムオン直後に落ちた際に手を深く切ったらしく、怪我をした本人は自分を置いて登攀を続けてほしいと言っていたのですが、残る4人も潔く登攀を諦めて負傷した仲間と共に下降することになりました。このため決して早出とは言えない時刻に出た我々がこの日2番手で下部岩壁に取り付くことになり、一番易しい第五尾根支稜を採用して登攀を開始しました。

〔第五尾根支稜〕

1ピッチ目(20m / II)。私がロープを伸ばしましたが、途中にランナーをとれるわけでもなく、ロープを引っ張りながら慎重にランペを左上し、カンテを回り込んでフェースの支点でビレイ。

2ピッチ目(25m / III)。ヤマダくんのリードで易しいフェース〜カンテを登りましたが、ずいぶん短くピッチを切ったために私がもう少し伸ばすことに。

3ピッチ目(15m / II)。引き続きカンテ状をロープを引っ張ると、すぐに傾斜がなくなってDガリー大滝右岸の小広場に出ました。

Dガリー大滝の上にはDガリーが続いており、その左岸スラブの右端におおまかな凹角があって、これを登れば横断バンドに達することができるようです。ここで見上げると先行の男女パーティーははるか右上、男性がオールリードでピラミッドフェースの中段あたりを登っているところ。アプローチでは女性の方が「登りがきつい」と音を上げかけていたのにあのスピードはよほどガイドの各種手際がいいのだろうなと感心しつつロープを適当に丸めてコンテでDガリーを横断し、凹角の下に達しました。ここには残置支点が見当たらず、一歩上がったところの岩の隙間を使って自前の支点を構築してビレイ。

このとき持参していたトポ『アルパインクライミング』(遠藤晴行編・山と溪谷社)ではここからの凹角を下部フランケの最初のピッチ(40m・V-)としていましたが、ここでは『日本登山体系』(白水社)の記述を採用して横断バンドに上がるまでは下部フランケに含めないことにします。

〔横断バンドまで〕

4ピッチ目(50m / IV)、ヤマダくんのリード。傾斜のさしてない易しいフェース登りから緩傾斜の草付に抜けるこのピッチに、リードのヤマダくんもフォローの私もIV級しか感じられません。ただしヤマダくんは40m登ったところにあるビレイポイントを見逃してロープいっぱい伸ばしたために、私をビレイするための支点の構築に時間がかかってしまいました。

普通に立って歩ける緩傾斜の草付からは横断バンドがBガリーの方向へ伸びており、その左上のフェースが第四尾根の側壁=フランケです。ここには立ったフェースにピトンでいくつかのラインが引かれており、そのうち一番左のラインは大きく弧を描きながら右上するラインで、残置スリングまでぶら下がっていて明瞭です。上記の通り4ピッチ目が目いっぱい伸ばされているので下部フランケの取付きは目と鼻の先、ビレイもへったくれもなく歩いてそこへと移動しました。

〔下部フランケ〕

5ピッチ目(40m / A1)、ヤマダくんのリード。このピッチは下部フランケの核心部で『日本登山体系』の表現ではVI級下、一般には5.10aと言われています。幸い岩は乾いているしヤマダくんは5.12クライマーだし、とリードをお願いしましたが、左寄りから取り付いたヤマダくんは出だしで苦戦。「手がないの?」「足がない感じです」といったやり取りの末、ヤマダくんはクイックドローを駆使したA0で抜けていきました。後続の私は、トポ通りにアブミを取り出してA1で右上フェースを抜け、いったんバンドに上がってから、チョックストーンに出口を塞がれる狭い凹角から左のフェースへ、ヤマダくんが残してくれたランナー用のカムでのA0と残置スリングのA1を交えて人工バリバリで抜けました。

6ピッチ目(45m / IV+,A0)、私のリード。最初の下向き三角(▼)のチムニーを、下の角に右足を突っ込み左壁に左足のフットホールドを求めながらずり上がります。右壁にはそれこそ人工登攀ができそうなくらいピトンがベタ打ちされているので安心ですが、いったんテラスに出てからピッチを切らずに次のチムニーに突っ込む頃には爪先が痛くなってしまい、つい誘惑に負けて残置ピンの頭を踏んでしまいました。この二つ目のチムニーはハングで押さえられた出口を左のフェースに出て行かなければなりませんが、そこが若干難しくIV+となっています。さらにフェースの途中から左寄りに上がるところもちょっとしたバランスが必要ですがどうにかこなし、残置されているリングボルト3本で確保支点を作ってヤマダくんを迎えました。

ここで私が大失敗!後から思えば「なんで?」と言うミスなのですが、このときは地理的な概念が頭に入っていなかったとしか言いようがありません。本当はここから左へ向かうとDガリーへつながるバンドに出られたようなのですが、トポにある「チムニー〜カンテ」という記述を誤解し、右上に見えている稜上に出るのだと思い込んでしまったのです。しかしトポが言う「カンテ」とは先ほどチムニーから左へ乗り越したフェースのことだったらしく、逆に私が見上げた右手の尾根筋はピラミッドフェースの最終ピッチであった模様。したがって……。

7ピッチ目(40m / IV+,A0)、ヤマダくんのリード。私の判断に従って右上して尾根筋に上がり、そのまま登っていきました。ずいぶんロープが伸びた後にコールがかかり後続しましたが、一部つるつるのフェースを残置スリングでA0しながら登ると、ロープはやがて右上に向かい、その先にヤマダくんがうなだれて待っていました。「やってしまいました……」というヤマダくんの言葉に頭上を見やるとそこには見慣れた三角形のピーク、つまりピラミッドフェースの頭がにやにやと我々を見下ろしています。ということはここは第四尾根の途中、しかし右上せよと指示を出したのは私であって、ヤマダくんのせいではありません……。

一度は元来た方向に戻ることを模索しましたが、足元が若干脆くて不安定だったためDガリー方面への復帰は断念し、仕方なくそのまま第四尾根を登ることにしました。北岳バットレスが初めてのヤマダくんにとってはこれもまた初トレースだし、渋滞で有名な第四尾根がどうしたわけかがら空きなので、スピードアップすれば中央稜までつなげることができるかもしれません。

〔第四尾根〕

8ピッチ目(60m / III〜II)。私が先に立って、白い岩のフェースから核心部の垂壁下までコンテ。

9ピッチ目(35m / IV+)。せっかくなので、ヤマダくんに核心部とされる5mの垂壁をリードで越えてもらいました。ここはV級とするトポもありますが、今回後続してみたところではIV+が妥当な線という感じ。そのままナイフエッジ突端の懸垂下降支点まで進むと、前方には中央稜が時折ガスに巻かれながらもよく見えており我々を誘っているようです。

10ピッチ目(60m / IV)、Dガリー側に10mの懸垂下降で下ってから引き続いてヤマダくんのリード。枯れ木テラスまでスラブ〜リッジを登りますが、ロープが足りず途中でヤマダくんにセルフビレイをとってもらって私が20mほど前進し、改めてヤマダくんに枯れ木テラスへ先行してもらいました。

この時点で12時半。ヤマダくんと協議の結果、中央稜に継続することにし、枯れ木テラス奥の1段低いところにある懸垂下降支点から50mロープを2本つないでいっぺんにCガリーの底まで下降して、歩きにくい砕石を踏みしめて中央稜の直下まで進みました。

〔中央稜ノーマルルート〕

以前Niizawa氏と登ったときは左手から壁にとりついたためにロープが屈曲し、エラい目にあいました。そこでヤマダくんが持ってきたトポを頼りにさらに奥へ進んでみると、ビレイポイントはないものの壁の出だしに残置スリングとピトンがあり、こちらからなら直線的にロープを伸ばせそうです。反対側の壁にもかろうじてピトンが一つ打たれてあり、ここにセルフビレイをとってヤマダくんを送り出しました。

11ピッチ目(20m / IV+,A0)、ヤマダくんのリードでリンネの一番下まで。後続すると出だしの2mほどの垂壁の上にあるホールドはガバですが、左にずり上がってピトンにクリップし、さらに左上するところはちょっと苦しい態勢となります。さらにフェースを豊富なホールドに導かれながら左上していきましたが、頭を押さえつけられるバンドの苦しさは前と変わらず、ここはスピード優先でクイックドローをつかみながら登りました。

12ピッチ目(40m / III+)、私のリード。リンネを直上してから第二ハング下までトラバース。易しいフリーで岩もしっかりしており、ランナウトを気にせずどんどんロープを伸ばしたため、後続したヤマダくんを驚かせてしまいました。

13ピッチ目(40m / IV+)。ハング越えの核心ピッチ、ヤマダくんのリード。前回私が越えたのと同じ庇をヤマダくんも楽々越えていきました。続いて私も取り付きましたが、前回使ったちょっと細かいホールド(右上のピトンのちょっと左)の左奥に両手でつかめるガバホールドを発見。これならもっと楽ちんです。なおちょうどこの頃、第四尾根を登ってきた他のパーティーからも我々の姿が見えていて、後日写真を送っていただきました。

14ピッチ目(45m / III+)、私のリード。中央バンドのビレイポイントからあえて出だしかぶり気味の壁を直上し、後は易しいリッジ。

15ピッチ目(40m / II)。前のピッチで調子に乗ってロープを伸ばし過ぎ、ピナクルにスリングをかけてのビレイとなったため、引き続き私のリード。この最終ピッチは非常に脆く、落石に気を使います。おまけに出口の白く枯れたハイマツが完全に浮いていて、ちょっと触っただけでもがらがらと石を落としながらずり落ちそうになります。肝を冷やしながら右から回り込んで終了点に達し、ヤマダくんを迎えました。

終了点でシューズを履き替え、わずかの登りで北岳山頂に到着。先ほど第四尾根にいるのを見掛けたクライマー3人が声を掛けてくれて、お互いに記念撮影をしました。恥ずかしいミスでDガリー奥壁には行けなかったもののこれはこれで充実した継続ができたのでとりあえずよしとして、山頂でギアを片付けた後は肩ノ小屋から草すべりルート経由で帰幕しました。

テントに荷を置いてから小屋へ天気予報を見に行くと、ラッキーなことに明日も好天に恵まれそう。事前の予報では土曜日は雨模様で、そのために北岳入りを見送った登山者・クライマーも多かったと思いますが、よい方向に裏切られた訳です。その晩は小屋で調達したビールと、ヤマダくんの手になる豚角煮入りカレー。これまたおいしくいただきながら、翌日Dガリーを詰めてDガリー奥壁にリトライすることを申し合わせました。

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